■プロフィール

Author:丸坊主
40代の男です。
テニスは高校から始めました。
福祉の仕事をしています。

『勝つときは正しいテニスで正しく勝つ。負けるときも正しいテニスで正しく負ける』
→テニスで知り会ったテニスマスターT氏の言葉は、私の生き方にも影響を与えてくれています。

『やることをやって、それで止められたなら運が悪かったということと、一方でひとつひとつの技術のクオリティーが低いから、それを許してしまうのだと思います』
(テニスマガジン2009.8号より)
→杉山愛選手のこの言葉はずっと心に残っています。試合における腹のくくり具合と冷静な自己分析が両立した、素敵な言葉だと思っています。

試合において、『正しいテニス』や『やるべきこと』をやりきれたか。練習において、試合で止められた技術の向上を意識して取り組んだか。
そんなことを考えながらテニスをしています。

使用ラケット:
ラケット迷子を抜け出し、マンティスプロ295(初代モデル)に決まりそうです。

使用ストリング:
ストリングは完全に迷子になっています。
テンションも28P~55Pで、振り幅が大きいです。

使用シューズ:
アシックス一筋です。

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ミスしたら感謝
シングルスの練習試合をしました。

技術的な未熟さは随所に現れましたが
 (特にフォアハンドは打ち方からわからなくなり…)
そんななかでもメンタルを保つ取り組みは
割と上手くいきました。

来年の市民大会にむけて
こちらの技術も磨かなければなりません。

そのためにくりかえし読み返している本から
一部を紹介します。

前にも記事にしたゴルフ本
『わかったと思うな』中部銀次郎
より。


○言い過ぎになると思いますが、
そういう (自分のミスを怒る) 気持ちを持つのはハッキリ言って、生意気です。
少なくともミスしておかしくないゴルファーなんです。
そのようなゴルファーがたとえパー4のホールで3つ多く叩いたからといって、
腹を立てることはない。
感謝しこそすれね。

○感謝する気持ちは、ひとつの切り替えです。
気持ちの切り替え。
で、早く気持ちを切り替えられる人が悪循環を断ち切ることができる。
(略)
この未練がましい気持ちは、性格から引き出されるものではありません。
誰の気持ちの中にもある。
だから要するに訓練なんです。
そういう気持ちを断ち切る訓練。





今回の練習試合
フォアが打てなくなったのに
メンタルを崩さずに最後まで試合ができたのは大収穫でした。

それよりも
フォアが打てるようになればいいんじゃないかと
思ったりもするのですが。

それはそれとして。

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テニス・メンタル面 | 22:00:00 | Trackback(0) | Comments(2)
パシフィックのタフガット
最近、ナチュラルだと切れるんです。

部活テニスを卒業してもう15年くらい経ちますが
 (早いなぁ…)
この間、プレー中にガット・ストリングを切ったのは
片手で数えるくらいだと思います。

それなのに
先の市民大会が終わってから立て続けに切っています。
週1~2回程度なのにナチュラルがほぼきっかり2ヶ月。


ショップの方によるとナチュラルやマルチは冬季に切れやすく
緩く張るとさらに切れやすくなる (ように感じる)
とのことでした。


このままだと春には切る計算なので
せっかくだから使ったことのないナチュラルを張ってみました。

パシフィックのタフガット
ちなみに42Pです


正直なところボウブランドのチャンピオンシップとの明確な差はわかりませんでしたが
使い心地はすごくいいです。

あえて違いをあげるなら
タフガットの方が若干しなやかで食いついてからグンと飛び出す感じがします。
 (ボウブランドは球の乗りも飛び出しも素直な印象です)

だから『えっ?』ってびっくりするくらいいい球が出
る一方で
ボール2~3個のちょっとしたアウトも増えてしまう
みたいな。

って言ってもムリヤリ比較してるだけで
ホントに『若干』ですけど。



このガットはマッケンロー選手が愛用していたそうで
そう考えるとこのしなやかさや飛び出しの強さは
史上最高にガットの性能を引き出すことができるこの方にとって
ホントにぴったりなんだろうなぁと思ったりしました。


コレに慣れたら最高なのかもしれませんが
今のところ私には難しいかなぁ
という印象を持っています。

ガットの性能に私が追いついていないというか。
私には球の乗りも弾きも素直なボウブランドの方が合っている気がします。

マッケンロー選手はこれを38Pとかで張っていたということです。
コレをさらに緩く張ってコントロールしてしまうなんて
ホントに神業だなぁと思います。





なんて能書き垂れてみましたがそんな違いがわかるかなんて怪しいので
使おうかと考えている方は参考程度に読んでください。



とりあえず私は切れるまでコレを使い込んで
それから考えようと思ってます。


切れると言えば
シングルスの練習試合を少々やったらはやくもコーティングに剥げが出てきました。
ナチュラルに求めることではありませんが
私程度のスイングでこうなるのだから耐久性は…だと思います。

ご参考まで。

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ストリング関係 | 22:22:56 | Trackback(0) | Comments(2)
わかりかけている
江戸時代の剣豪、柳生但馬守と深い交流があったとされる沢庵和尚の著書

不動智神妙録
 (池田諭訳・徳間書店)

を読んでいます。


最初に通読した時は
「だいたいどこかで読んだことがあるような内容」
という感想を持ちました。
でも、何度か読み返してみると
その都度新しい発見がある、というか
章の区切りで考え込んでしまう、というか
うまく言えませんが
この本が持つ奥の深さを感じるようになりました。


ちょうど今、深く考えさせられている部分を
ちょっと長くなりますが引用してみます。



○応無所住而其心(おうむしょじゅうじじょうごしん)の意


 敬の字の心は、心がよそに働こうとするのを抑制して、よそにはやるまい、
よそに働けば乱れると考え、少しの油断もなく、心を引きしめておく状態です。
 こうやっているのは、さしあたり、自分の心を散らさぬようにするための、
一時的な方法です。何時もこんなことをしているのは、息がつまるほど不自由なことです。
 たとえば雀の子が猫につかまえられたというので、二度とそんなことがないよう、
猫に縄をつけ、少しも油断なく縄をしばりつけておくようなものです。
 自分の心を縄をつけた猫のように不自由な状態にしておいては、思うままに振舞うことも
できません。それより、猫が雀をとらぬよう、猫の方をよくしつけておけば、
たとえ放ったらかしにして、猫が雀と一緒にいてもだいじょうぶなようにしておくことです。
「応無所住而其心」とは、そういうことなのです。
 自分の心を、縄をはずした猫のように自由気ままにさせ、
それでも心が止まらないようにすることです。




ただ自分の心を解放すればよい、という話ではないと私は受け取りました。
解放と束縛の両立。
折衷ではなく両者の一体化。

束縛があるからこそ解放がある。
解放があるからこそ束縛がある。

みたいな。


頭での理解という意味ではつかみつつあるのですが
実感としてつかみ取るのは難しく
「わかりかけてるんだけど…」
という感覚が続いています。





この本は原文と現代語訳が見やすく配置されています。
漢文とか古文に弱い私でも読みやすくて
内容的にも興味深い本です。

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本とか音楽とか | 22:07:55 | Trackback(0) | Comments(0)
つながっている
不思議なことなんですが
読んだ本・受けた研修・最近の体験・過去の体験



いろんなことがひとつの流れにつながっているような
そんな気がしています。

頭のなかでなんとなくまとまりつつあるような気がするのですが
自分の言葉に落とし込もうとすると
どうしてもぴったりな言葉が出てこないのです。


たかだかおっさんの週末趣味レベルですが
 (しかも最近は週1程度ですが)
真剣にテニスに取り組むことは
真剣に仕事に取り組むことと
つながっているのです。

それだけでなく

A:真剣にテニスに取り組むこと = B:真剣に仕事に取り組むこと
= C:真剣に子育てに取り組むこと = D:真剣に生きること

である。


それまでの私のイメージでは
Dがひとつの円グラフであって
A、B、C、(その他)はその構成要素
つまり
Aは10%、Bは40%、Cは40%、その他は10%

…みたいな捉え方をしていました。

%の割合は別として
それが常識的な捉え方だろうと疑いもしませんでした。

でも、どうやら違っていたようです。


それぞれにかける時間としての%は出せるけれども
そのことにさしたる意味はなく
どれだけ真剣に取り組んでいるか…

うーん。

「真剣に」という言葉がイメージと少しズレるんですが
すべての構成要素は連動していて
例えばテニスをほどほにしている人は他もほどほどである。
テニスとそれぞれの要素を別個のモノと捉えている人は
いくら技術や戦績を高めたところで
ソコ止まりになる。

真剣に (←この言葉は違う気がするのですがとりあえず) テニスに取り組むなら
否が応でもテニスをしていない時間帯に影響を与えてしまうようになる。
それがいい影響なのか悪い影響なのか
はたまた毒にも薬にもならないのか
それはテニスに取り組むその人のスタンスによる。
 (何が「いい」のか「わるい」のか、という話はとりあえず置いておいて)


整理できていないイメージをムリヤリ言葉にしてみたので
どうにもスッキリしないのですが
頭の中の途中経過として残してみることにします。



こんな風に変わってきた原因はいろいろありすぎて
特定なんてできないのですが
印象に残っている言葉や考え方を
簡単にまとめてみます。


本:わかったと思うな
・急にボールを飛ばそうと考えることは、ぼくにいわせればナンセンスなことなんです。
そういうことに着目すること自体、そういう発想に及ぶこと自体、ぼくは非常に悲しい。
飛距離が伸びたからといって、スコアが必ず良くなるなんて保証はどこにもありませんからね。
かえって、悪くなる保証はいくらでもありますけれども。
そう考えたら飛ばすことに対してそんなに汲々とすることはないじゃないか、
という発想がなぜ生まれてこないのか。
このへんにもまた上達を阻むものが潜んでいます。
要するに、虚栄。


本:弓と禅
・自分が的を狙うのではない。それが狙う。
・悪い射に腹を立てない、良い射にもよろこばない。
結果によって快不快の間を右往左往することから離れなければならない。


本:禅とは何か
・わかっているけど言えない。
わかっていて隠してるのではなく、何もわからないのでもなく、
わかっているけど言うことができない。


本:神とひとつになること
・この世にありながら、この世のものではないようになる。
・神も私も彼もすべては一体である。だから必要なモノはすでに充分に持っている。


研修:福島正伸氏
・出会った人をみんな好きって決めてしまう。
・どうなるかではなく、自分がどうするかがすべて。
・いいことしか起こらないと決める。
実際は問題しか起こらないが、それをどう捉えるかは自分で選ぶことができる。


言葉:テニスマスターT氏
・同じコートに立つ仲間を楽しくさせることができて、はじめて本物。





不思議なものです。
すべてが「ひとつのこと」につながっているような
そんな気がするのです。

でも、その「ひとつのこと」を自分の言葉に落とし込めないでいます。

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雑記 | 21:50:51 | Trackback(0) | Comments(0)

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